極論を言えば、勉強が出来なくても社会的スキルあれば生きていける

子供関連

最近文科省が国立大学から排除するといった学生の特徴が

「暗記力だけ高いコミュ障陰キャ」

大学入試に面接や集団討論を導入する。

との記事を見ました。

コミュニケーション能力が無いと社会に出てから困る

例え勉強が出来なくても、コミュニケーション能力があればなんとか生きていける。

最近なんとなく思ったことです。

私の姉は引きこもりの時期があったのですが、引きこもって精神的に不安定だった頃、家族は大変でした。

腫れ物に触るように扱う両親。

溺愛する姉の邪魔にならないように気を遣えと私と妹に言ってくる母親。

過干渉で過保護に育った姉は、世間の事が解らない状態で社会に放り込まれて苦労していました。

周りの人間と上手くやっていくことが出来ずに、よくもめ事を起こしては仕事を変わっていました。

挨拶することや、お礼を言う事等の一般常識を教えられず育てられた子供は悲惨です。

私もそういった一般常識を教えてもらえずに育ったので、学生時代はまだ浮いてるぐらいですみましたが、社会に出てから恥をかくことは多かったです。

そうなると、もともと育てられていない自己肯定感などが育つわけもなく。

常識知らずで恥をかき続けて、自己肯定感はどんどん崩壊していきます。

対人スキルがあれば食っていける

勉強が出来なくても、コミュニケーション能力があればどんな仕事でも食べて行ける。

お客様の相手や同僚や上司に後輩とのコミュニケーション。

世間に出ると色々な人と付き合っていかないと行けなくなります。

もしもそこで上手くやっていけず、会社を辞めてしまったとしたら、いい大学いい会社に入るためにと頑張った努力は無駄になってしまいます。

そこからまた再就職するなり、資格を取るなりと再出発が上手くいけばいいですが。

そもそものコミュニケーション能力がなければ、同じことの繰り返しになります。

最後に

挨拶をすることや、何かをしてもらったらお礼を言うことさえ教えてもらえず育ったので、一般常識のほとんどを教えてもらえずに大人になりました。

世間に出てからは、それはもう苦労の連続と恥をかくことの連続。

生きづらくなってしまった妹は、完全な自己否定により自分を消してしまいたかったのでしょうか?

自殺してしまいました。

誰にも相談せず、辛いというそぶりもなく、周りはみな驚いていました。

自殺と言う行為は、残されたものを地獄に落とします。

自殺した人を大切に想ってくれていた人ほど、助けてあげられなかったという自責の念に苦しめられます。

子供達の自己肯定感を育ててあげるのは、将来辛い事があっても生きていける力になります。

逆に自己肯定感を育てられないで、究極の自己否定の末、自ら命をたってしまうものでもあります。

勉強よりも大切なもの。子供たちの心を逞しく健全に育てることを優先することが大事です。

それは将来、子供の命に関わることかもしれないからです。

困った時辛いときに、話をしやすい家庭の雰囲気も大事。

「助けて!」「苦しい!」等と周りに助けを求められる人に育ててあげる事が大事。

真正面から戦うことも大事ですが、逃げることも大事であることを教えるのも大事。

大人が子供に、綺麗ごとだけで無く、本音のトークをしてあげることも大事。

子供が熱を出したりして病気をすると体の事を心配します。

子供達の心が病気になっていることには鈍感になってしまいます。

心の健康にも気を付けてあげたいものです。

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